気の強い女

ツカマコです。

あけましておめでとうございます竹。

年末年始みなさまいかがお過ごしでしたでしょうか。

ワタクシは例年通り両親の元で大掃除やお節作り(の手伝い)で忙殺されておりました。「いつも通り」過ごせる事はとても「有難いこと」でございます。

さてそんな中昨年からハマっている新田次郎さんの「芙蓉の人」を読み終えました。

昨年映画化された「剣岳」でも有名な新田次郎さんは山岳小説を沢山書かれていますが、この「芙蓉の人」も明治時代に初めて富士山に気象観測所を建てた野中至・千代子夫妻を描いた作品です。

一人で冬の富士山頂こもり気象観測をしようとする夫・至を手伝う為、秘かに登山・越冬の準備し後を追う妻・千代子。

この千代子さんは士族の教育を受けた明治の女性で、常に夫や舅・姑を立てる生き方。口ごたえするなど論外の人生を生きてきた人です。そんな千代子さんが夫の為に冬の富士山への登山を決意し、村人・興平治にそのことを伝えます。

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「私は主人のあとを追って富士山へ登るつもりです。主人を一人で山の中に置いておくようなことは出来ません。

(中略)

富士山に登るには足を鍛えておかなければなりません。私はおじいさんに何もかも打ち明けたのですから、私の気ままにさせてくださいね。」

 興平治は返す言葉が無かった。こんな優しい顔をしているのになんと気の強い女だろうと思った。

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ここで ふと立ち止まった私。

おお!? ”気の強い女”!?

え?これが ”気の強い女”はてなマークはてなマーク

私にとって「気の強い女」とは、店員さんやタクシーの運転手さん等に直接文句を言うような人、「文句言いの人」のイメージでありました。

だから今まで私が人から「塚田さんは気が強いねえ~」と言われる度、(私そんな文句言いちゃうのに。そんな風に見えるの嫌やなあ~ 誤解せんといて欲しいわ~むっ 何でこのヒト私の事そんな風に見るんやろプンプン)と内心ぐちぐち思っていたものです。

しかしこの小説での千代子さんは決して文句言いのタイプではない。周囲の人を敬い立てつつも、自分の芯が通って、信念を貫く人ではあります。その信念の貫き方も無理やりではなく色々準備して周囲の協力を取りつけていくやり方。

そのような人を村人・興平治は”気の強い人”と表現しているのです。

あれ~~そうか目

「気の強い」という言葉ひとつとっても色んな意味・解釈があるアップ

私の中には確かに芯があって、それをより良いものにしつつ、そしてその芯を中心にブレてもすぐに元に戻る自分を創っていこうという取り組みを、している。

私の中のそんな要素が人に見える時もあるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

そしてつまりは人がどう私を評価するかとは別次元で、それをきっかけに自分で自分を見つめて、好きな自分を創っていく、その為には「気の強い」という自分にとっての苦手キーワードもいろんな角度・深度から検証してみる。

それがコミトレで、私達はそれを「探究」とよびます。

/tkd