ドアに想う。

こんばんは、塚田です。

今日の事。

あるビルのセキュリティドアに向かって歩いていた私。

私の10歩以上前を行く人が扉を通ったあと、そのドアが閉まりかけました。

一度閉まると、再度セキュリティを解除し、ノブを回し、力を加えねばならないのが面倒・・・

ああ~ 閉まるぅ~ かお

っと思った瞬間、私は扉口に到達していました。

そして閉まりかけたドアをそのまま押し開け、中に入る事が出来ました。

と、そこで吃驚叫び & 気付いたのですクラッカー

ああ、私はちゃんと歩いてたんだ、前進してたんだぁ~~叫び と!

何のコッチャはてなマーク

解説いたします。

この閉まりかけたセキュリティドアに向かって、「閉まる、ヤバい!」という気持ちは起こったものの、急ぐ、走るという行為はしていなかった訳です。しかし、走ってはいなかったけど、ちゃんと「歩き続けていた」!!

そしてそれだけでドアが閉まる前にちゃんと到達出来たということなのです。

私達は、自分で歩いていることに気付いていない、前進していることに気付いていない、ようでいて、実は生きているだけで前進・成長しているんですよね。

惰性で動いているように見えても、ある地点には到着している。

そうかあ~そうだよなあ~~ 

ただ歩く、ただ生きるということは評価に値せずという感覚が多くの人にあるように思いますが、それでも自分は実は前進しているんです。

普通に歩いて、出来ていることは沢山ある。

今日のドアからそんなことを学んだツカマコでした。

/tkd