【いつもと違う】に弱い人と逆に歓迎する人がいる。
私は間違いなく弱い人チーム❗️
物事は、想定通りに行って欲しい、行かせたいタイプ。
とは言え、弱い人さんチームであっても、いつもと違うからと言って対処できないわけでもない。
きっと多くの弱い人さんチームのメンバーは、『対応、対処』という引っ掛かりが嫌なんだろうなぁ〜と思ったりする。
私は間違いなくコレ。引っ掛かりなくスムーズに流れてフィニッシュ❗️という状況に快感を覚えるタイプだから😆
そんなワタクシが先日めちゃくちゃ抵抗して、めちゃくちゃ葛藤したのが写経。
SNSにチラッとアップしたので見た人もいるかもしれませんが、京都の東寺で写経をした時の事。
写経はお習字の練習も兼ねて、結構好きでやっている。
自宅にも実家にもオフィスにも写経セットがある😆
なので、写経しようと誘われた時、お❣️良いね✨な感じで始めたのですが、ここでこんなに自分と向き合う事になるとは‼️でした。
お習字の練習を兼ねていると言っている通り、綺麗な字を書きたい書けるようになりたいという思いがあるからやっているのですが、東寺で渡された写経(字をなぞっていくタイプのやつ)は、ちょっとクセがあったのです。
字体も相当クセがあるし、漢字自体も今まで私が書いて(なぞってきた)ものとは違っていた。
いつも写経をすると、初めは綺麗に書かねばと要らぬ力が入って、字がぶるぶる震えてしまったりする。
それが、一行二行と進むうちに力が抜けて、【ただ書く】状態になっていく。
何も気にならなくなっていく
そのことだけに集中していく
このような状態を昔の武芸者たちは【三昧の境地】と言ったりしたらしいが、これが気持ち良いと感じたり浄化された気持ちになったりする。
な・の・に、今回は全然【三昧の境地】が来ない!
えー、なんか変な字ぃ〜
クセあるよなぁ〜
これずっと書くの嫌やなぁ〜
これ、東寺の偉いお坊さんが書いた般若心経なのか?
で、この漢字はなんや?見た事ないんやが⁉️
こんな字書いても上手くならないやん💢
などど、困惑と抵抗がめちゃ湧く。
しかし、妙に生真面目というか型からはみ出してはいけないパラダイムが発動して、それでも書かねば❗️に囚われるワタクシとの間で大葛藤大会😅
むちゃくちゃ抵抗しつつも、字をなぞっている自分にだんだん「何やってんねん⁉️」と怒りのような気持ちも湧く。
で、その時ふと、隣で一緒に写経している親友志保に思いを馳せ「この子は、こんな事考えてないよなぁ〜きっと」「こんな思いに囚われることなく、自分の字をスイスイ書いているのだろうなぁ〜」と、羨ましく思ったり。
で、あたしゃ〜どうするよ⁉️と思いが湧いた時に、「いや、それでもこの型にハマって書いていく事にも何か意味があるかも」と湧いてきた。
自分の執着を手放す感覚。
これでかなり違和感は減ったものの、それでも抵抗感を感じつつ書き進めていくうちに、
「なんかさ、どっちでも良くない⁉️」
「なぞって行っても良いし、自分の字で書いても良いし」
「そうだよなぁ〜、好きにすりゃ〜良いやん」
という【解放】の感覚が湧いてきた。
そこからだんだんと【三昧の境地】になって行った。
なんかね、「しょうもない事に引っかかるんだなぁ〜私」と自分にプッ😆となった。
と同時に、とても面白い‼️となんだかウキウキした。
【『いつもと違う』から発見や気づきを得た】という体験がウキウキを生んでいる状態。
これもコミトレを学んだからだとハッキリと思える事。
コミトレを学んでいなければ、「今回の写経は気持ち良くなかったなぁ」で終わったかもしれない。
コレって大きな違いだよね〜
発見と気づきを得る体験だと思うのか、残念という体験になるのか。
いや、だからコミトレを学ぶことをオススメしたくなるのよ、ホント✨
これですよ、コレ。
あ〜、どんどんこんな観点が開いていく人が増えて欲しい✨
☆とほかみえみため◆◇あることがたし☆
『いつもと違う』に翻弄される自分が面白い❗️
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