自分との対話(コミュニケーション)は、私たちは意識せずに行っている。
目の前の信号を走って渡るのかどうか
Aを買うかBにするか
今やるか後にするか
店に入るか入らないか
どの服・靴にするか
食べるか食べないか
何時に何をする(しない)か
選択理論で言われる通り、私たちのすべての行動は自分の選択によるものである。
あまりにも日常的過ぎて、自分とのコミュニケーションが行われて選択しているという自覚は薄い。
まぁ別に、常日頃めちゃくちゃ意識する必要はない。疲れるから(笑)
しかし、意識的になった方が良い時がある。
例えば、自分の進路を考える時。
私が自分の進路で一番困ったのは高校を卒業する時。
今思えば、漠然とし過ぎていたなぁ〜と。
何をどう考えれば良いか分からなかったよなぁ。
分からないと言う自分を認めたくないから誰にも聞かなかったし、誰かに聞くと言う意識もなかった。
なので、当時の私は「何をしたいかなんて何の経験もないのにわかるかい!」と思っていた。
ただ、根拠のない自信だけはなぜかあった(爆)
就職する時も同じで、「とにかく役に立つ存在になります!その自信はある!」Bakuっとした事しか答えられず…
まぁ遠〜〜〜い昔はそれでも何とかなった(笑)
しかし、今はそういう訳にはいかない。
面接対策がどんどん紹介されて、多くの人が模範解答で答えることが問題視されるようにもなった。
それだけ「自分を語れているか」が注目される世の中。
しかし、本当の意味で自分とのコミュニケーションができる人は少ない。
先日、甥っ子の進路について話す機会があった。
真面目な甥っ子は色々考えていたみたいだけれども、話を聴いているとかなりBakuっとしている。
職業柄、普段そこを明確にしていくので、甥っ子にも明確化する方向性の質問をしてみた。
自分が進みたい道は何なのか?
その道に進むと何ができるのか?
その道に進むことで誰にどんな貢献ができるのか?
その貢献ができると自分に何が手に入るのか?
など。
このやり取りをしている最中に、甥っ子が「なんか、自分が漠然としていたんだと気づいた」と言った。
本人的には、もっと絞り込んでいるつもりだったらしい。
まぁ、そうだよなぁ〜〜と思う。
私自身も、コミトレで自分とのコミュニケーションのコツを学んで掴んだから、探究を進める質問ができるようになった訳で。
探究を深める質問なんてすぐには出来なかったよなぁ〜と思った。
あと、甥っ子にササッたのは、
【社会や人に対して貢献するにしても、何をしたら自分が喜ぶのか?】この観点を忘れずに探究しないとねという言葉だったらしい。
「そんな風には考えてなかった」と言いながら良い顔をした。
こう着状態だったことが動く気配を感じた瞬間。
自分とコミュニケーションするにあたり最後に注意として甥っ子に伝えた事
【すぐに答えを出そうと焦らなくていい】
何でも【すぐに!早く!】の世の中になり過ぎているので、それが深く探究する事を阻害したりする。
深く濃く自分とコミュニケーションして欲しいと思う叔母なのであります。
さて最近、私が自分と深くコミュニケーションしたのは、『初めての合宿をすることについて』
先日、臨時号で●なぜ「合宿」を開催するのか?●についてを配信しました。
自分が何を考え、どう扱おうとしているのか?
何を隠そう改めて自分とのコミュニケーションをやってみて、「分かっているようで案外曖昧だよなぁ〜」と思った訳です。
しかし、自分としっかりコミュニケーションすると、モヤッとしていたことがスッキリする、やる気がみなぎってくる。
あれをやろう!これもやったら面白そう!とアイディア湧いてくる湧いてくる!!
どんどん動かして行こう!!という気持になった。
そんな効果も改めて感じた体験。
☆とほかみえみため◆◇あることがたし☆
自分との対話(コミュニケーション)のコツを掴むと物事を前進させるられる

この記事は約3分で読めます。